八百屋おやおや「伝言板」

アクセスカウンタ

zoom RSS 旅先から、こんにちは。 by 佐々木優子

<<   作成日時 : 2017/03/08 11:18   >>

トラックバック 0 / コメント 0

旅先から、こんにちは。

 佐々木優子

 昨夕、私は、娘を背に乗せたポニーと、本当は漁師さんなのだけれども、冬なので、牧場に働きに来ている青年と、夕暮れ時、散歩に出かけました。数時間前に知り合ったばかりなのに、彼は私に心を開いてくれて、私と娘が退屈しないようにと、馬のあつかい方や、流氷の話などを聞かせてくれました。そこから彼が、ここを好きで、自分が今やっている事に、自信と誇りを持っていることが伝わってきます。私もそうありたい。そして、目の前の景色のすばらしいこと。広大な牧場に降り積もった雪が、風でサラサラと流れていく様は、まるで真っ白な川のよう。そこを地平線に沈む夕陽が照らしています。

 数日前、私がいた暮らしとは別世界がここにはあります。私はこの時間、本来ならば、娘を小学校に迎えに行って、夕陽がさし込む、車や人々の往来が激しい交差点を渡っている時間です。

 今、私は北海道の中標津にいます。昨日は、流氷を見ようと、羅臼まで行きました。
「昨日、行ってしまったんだよ」と、肉屋の女性が説明してくれました。突然来て、突然行ってしまうそうです。それでも海岸沿いに、ほんの少しだけ残がいがあって、娘と記念撮影をしました。昔はもっとたくさん来たそうです。そして厚みがあり、人が乗ることもできたそうです。国後島まで行けたのかもしれませんね。歩いて・・・。
 「あー、見たかったなぁ」でも、自然の物だしね。仕方ありません。

 それに、旅は目的が達成できなくても、おまけ(昨夕の牧場の夕陽とか)が大切なんです。たまたまコロッケを買いに入った所の肉屋のおばちゃんとの会話とか、バスから眺めた国後島とか。それらが、ふだんの生活では眠っている五感を起こしてくれるのです。

 北方領土問題とか、沖縄問題とか、教科書読んでもわかんないよね。
足を運んで、実際にこの目で見て、肌で感じること。娘に聞かれて、いつもなら、たどたどしく話している自分が、島を目の前にしていると、説明しながら、私自身が納得してくるから不思議です。争いは、いかに大きな犠牲を払うかっていうことに。

 さて、私の突発的な旅。今回の本当の目的はボランティア活動です。
昨夏、道東を旅して、娘は乗馬に初挑戦しました。その時の先生から誘われたのです。保育園にポニーをたくさん連れて遊びに行くそうです。そのお手伝いです。

 お馬さんは利用できなくなると、即食肉になるそうです。人間に見放された馬たちも含め、十頭近くの馬と一緒に生活している娘の先生は、かなりワイルドな指導をされます。鞍や手綱を一切つけずに裸馬にも乗せてくれます。たてがみを手綱がわりにするのです。こういった方法を初心者の子供にもやらせることができるのは、自分の馬たちをとても信頼しているからです。

 人間不信になってしまった馬は言うことを聞きません。見放された馬を手なずけるには、とにかく愛情をそそぐことだそうです。そして、たくさんの人間にふれさせることが大切だそうです。人間はこわくないよ。あなたを食べたりしないよってね。だから、いっぱいなでてあげてね。話してあげてね。

 昨日久しぶりに会えたお馬たち、冬気がフカフカで温かいです。人間を好きな馬はすぐによって来ます。遊んで、遊んでってね。そして、ヤキモチも焼きます。油断して、おしゃべりに夢中になっていたら、ガブッと、あまがみされました。痛かったけど、なんだかうれしかったです。

 都会でのマンション暮らし、動物とふれあう事がめったにない娘にとっても、良い機会になりました。未知との生物への恐怖心を捨て、信じ合うこと、大人になってからでは難しいです。

 不信は、お馬と人間の話だけではありません。世の中の事を知れば知るほど人を信じられなくなっていく。漠然とした将来への不安。どこへ向かっているのでしょうか。より良い方向へ行くことはできるのでしょうか。

テーマ

注目テーマ 一覧


月別リンク

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
旅先から、こんにちは。 by 佐々木優子 八百屋おやおや「伝言板」/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる