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zoom RSS 変化するわたし。 by 佐々木優子

<<   作成日時 : 2017/05/22 11:10   >>

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変化するわたし。

佐々木優子

 「専業主婦」という私の肩書。主に家事をして日常を送っている、という事になる。食事作りに掃除だ。そして私の場合、掃除機なし、炊飯器なし、と電気を使わないので結構大変。でも専業主婦に対する世間の風当たりは冷たいです。「働く気がないの?」とまで言われる始末。友人の多くは「世の中から置き去りにされているようで不安になるの」と、子供を早々に預け、働き始めます。私もこの気持ちがわかります。結婚してから2年ぐらい、家の中に籠っていたら頭が変になり始めました。被害妄想がひどくなり、何もする気が起きなくなってしまった。それで始めたのが植物の水やりのパート。農学部の手伝いです。面白い事に、そこは変化朝顔を研究している教室でした。咲いてみないとわからない、花弁や葉の形が自然に変わっていく。かつては風流な遊びとして江戸時代に流行ったそうです。先生や学生さんとはほとんど口をきく事もなかったけれど、家の中にひとりでいるよりは、よっぽどましに思えました。そして、夫も興味を示すようになり、自ら変化朝顔を育て始めたのです。お陰で夫婦の会話も増え、「なんだ、もっと早くから外に出れば良かった」と。社会に接することはそれなりのメリットがあるわけです。

 しかし近頃の私は社会性がどんどんなくなっていく、そのことが不安ではなくなりました。まる一日、いやいや一週間以上家族以外の者と口をきかないことも多いです。人間関係の煩わしさから解放され、今の私には割と居心地が良くなってきているのです。年と共に、人の心も変化するものです。

 娘の春休みに、ふたりで京都へ行ったのですが、その時に更に社会性が失われたような気分になりました。好きな時間に起きて、お腹がすいたら好きな物を食べて、ふらふら街をさ迷う。そして、もう遅くなったからもう一泊しようか、と宿探しをする。安宿が見つからない時は、友人宅に転がり込む。そんなだらしない生活が十日程すぎたころ、こういう生活をずっと続けてみたい衝動にかられました。当てもなく放浪の旅に出るってどうかしら。お金が尽きるまで、飽きるまで。

 そんな妄想に浸っていると向こうから、白髪交じりの長い髪を風になびかせて、人目を気にせず、叫ぶような、歌うような事をしながら歩いてくる女性が目にとまりました。路上生活者なのだろうか、汚れた服を身にまとい、段ボールを引きずっている。目は宙を舞い、焦点が定まらない。その女性は、まるで人という衣を剥いだ素の動物のように、私の目に映ったのです。今まで理解できなかった境地に私も足を踏みいれたのかもしれない。彼らの気持ちが少しわかったような気がしたのです。あそこまで行けたら本望かもね。

 そして友人宅に転がり込んで、社会性がどんどんなくなっていること、そしてホームレスもいいかもしれない、なんてことを話したら、私より少し年上のその友人が、「私は放浪して、最後は、のたれ死にたいわ」なんてことをさらりと言うんですもの、もう、かっこいいったら・・・。わるい、わるいと思いながら、娘と泊り込んでしまう私の心の奥には、その女性の生き方に惹かれているのかもしれない、と思ったものです。無類の読書家、その女性のお家は所狭し、と本が積もっている。ふと見ると、アガタ・クリストフの「悪童日記」が目にとまる。シンプルな文体に反して、残酷な空気を漂わせる名作。迫害を受けた著者は母国語を失い、自身を文盲と呼ぶ。人を感動させるには形式ではない、感性なのだと、そしてそれを身につけること、それは生きていくうえでとても大切なことなのだと考えずにはいられない、一冊です。「言葉を奪われるって、本当にひどいことだと思わない?」そんなニュアンスのことを友人は私に投げかけました。

 さて、その友人に誘われて、ライブに行きました。以前、彼女から紹介された福島県から避難しているご家族。最初にお会いした時に、家族総出で訛りを隠さず話すことに、私は驚きと敬意を抱いたものです。私なんて、とうの昔、学生の頃にすでに訛りを捨てました。茨城出身と思われるのがすごく嫌だったから。

 そこの娘さんの高校生活最後の演奏会。会場は制服姿の若い男女の熱気と興奮でムンムンしている。その中でもトリを務めるくらい上手らしい。そしてその言葉通り群を抜いて良かった。自作の曲も良かったし、ギターを弾きながら歌う姿もかっこよい。会場いっぱいに歓声があがり、盛り上がる。人を感動させること、簡単にできることではありません。それは誤魔化しのない本物の魅力でした。

 実は正直心配していたのです。京都で福島弁を話すその娘さんを。だって、自分たちの文化を誇りに思っている京都人の中で、そのまんまなんですもの。でも心配することは、時には失礼なことに値するのですね。自分の中にある固定観念を痛いほど指摘されたような晩でした。心が痛く、そして光を見た気がしました。それは3.11以降、初めての光だったのです。私も、その日を境に訛りを取り戻すことにしました。どこに行っても、誰と話す時にも、隠さずに。

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