この地球の上で(戦後70年の8月) by Yakko
この地球の上で(戦後70年の8月)
Yakko
じっとしているだけで汗がしたたり落ちる暑い夏だった。この暑さの中でいいことといったら、ガス代・電気代・灯油代がかさまないことと、洗濯物が早く乾くこと、そして保温なしでパンが膨らむことくらい。
今年の盆休みも、いつものようにキュウリとナスの馬と牛を作り、樺皮で迎え火・送り火を焚き、生家のお墓参りをするといった正統派のお盆の過ごし方をした。「パン屋のケンちゃん」と呼ばれていた夫へのお供え物は、私が焼いたパンしかない。冷蔵庫から前回取り分けておいたレーズン酵母のパン生地に、全粒粉と水を足しホットケーキくらいの硬さにして酵母の状態をみる。酸味がなく、ぷくぷくと泡立てばOK。いつも水と塩と粉だけのリーンなパンを焼く。時々はクルミやレーズン、自家製伊予柑ピールも入れる。寒い時期の発砲スチロール箱にお湯を張った中にボールを浮かべるといった手間なしに、夏はそこら辺に置いても発酵するからありがたい。自分で焼いたパンが一番おいしいと手前味噌ならぬ手前パン。ただし、材料の穀物を畑で作ることからやっていっていたケンちゃんの五穀パン(実際には十穀くらい入っていた)には、かなわないと思う。
お盆にはあの世から霊が帰ってくるという。松本に今も残る青山様は森や山に祖霊が宿っていて、そこから祖霊が帰ってくるというもの。仏教でも神道でも、身近な人が帰ってくるというのは、なんだか嬉しい。そして、戦後70年の今年、戦争で亡くなった多くの人の霊魂も帰ってきたのだろうか。身近な方たちに何を語りかけたであろうか。
今年は戦後70年ということもあって、NHKは、戦争のドキュメンタリーをたくさん製作していた。全部は見ていないのだが、その中の一つ「きのこ雲の下でなにが起こっていたか」―広島への原爆投下後から3時間後に、御幸橋で撮られた2枚の写真。証言や専門家の意見を参考に、なにが起こっていたかを分析して丁寧に検証した番組だった。この写真は、原爆の被害の大きさを隠して核兵器を開発中のアメリカに没収されて、7年後にやっと公開されたものだという。幽霊のように垂れ下がった皮膚をぶら下げ、腕を前に突き出して歩いていたのは身体につくと痛いからだが、すごい熱で身体の中の水分が蒸発して皮膚がはがれたのだと知った。痛みの中では一番ではないだろうかという。どんなにか辛かっただろう。8月6日に亡くなったのは、12、13歳の勤労動員された中学生が一番多かった。生き残った当時13歳だった人は「私はどうして生きたんですかね。どうして助かったんかね。」という思いを胸に70年間生きてきた。「伝えるためかね。」少女が救援のトラックに乗り込もうとしたら、「女子どもはダメだ。」戦争に行けそうな若い男ばかりを助けて連れて行ったそうだ。利用できるものしか助けない。
これが戦争。
9月11日に芸術館小ホールで上映される「野火」。大岡昇平の原作を読んでいなかったので、読んだ。太平洋の島々の日本軍の兵士は、戦闘で亡くなった方より餓死された方のほうが多かった。これは、レイテ島での、そんな状況下での物語。せつない。
安全保障関連法案の国会答弁で、弾薬は消耗品だから武器ではないと政府。核弾頭も武器ではないと言い張るのだろうか。兵站の後方支援は戦争ではないとか、都合のいい憲法解釈のように、相変わらず言葉を空回りさせている。
安全保障関連法=戦争法に対して、高校生も大学生もママたちも、老いも若きもNO!と声を上げている。憲法の前文にある。「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることがないようにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。」
そう、主権者として政府の行為によって再び戦争が起こることがないように、今は声を上げる時。お金がないから、時間がないからなどと言わずに、8月30日14:00国会前に行こうと思う。あなたも!
Yakko
じっとしているだけで汗がしたたり落ちる暑い夏だった。この暑さの中でいいことといったら、ガス代・電気代・灯油代がかさまないことと、洗濯物が早く乾くこと、そして保温なしでパンが膨らむことくらい。
今年の盆休みも、いつものようにキュウリとナスの馬と牛を作り、樺皮で迎え火・送り火を焚き、生家のお墓参りをするといった正統派のお盆の過ごし方をした。「パン屋のケンちゃん」と呼ばれていた夫へのお供え物は、私が焼いたパンしかない。冷蔵庫から前回取り分けておいたレーズン酵母のパン生地に、全粒粉と水を足しホットケーキくらいの硬さにして酵母の状態をみる。酸味がなく、ぷくぷくと泡立てばOK。いつも水と塩と粉だけのリーンなパンを焼く。時々はクルミやレーズン、自家製伊予柑ピールも入れる。寒い時期の発砲スチロール箱にお湯を張った中にボールを浮かべるといった手間なしに、夏はそこら辺に置いても発酵するからありがたい。自分で焼いたパンが一番おいしいと手前味噌ならぬ手前パン。ただし、材料の穀物を畑で作ることからやっていっていたケンちゃんの五穀パン(実際には十穀くらい入っていた)には、かなわないと思う。
お盆にはあの世から霊が帰ってくるという。松本に今も残る青山様は森や山に祖霊が宿っていて、そこから祖霊が帰ってくるというもの。仏教でも神道でも、身近な人が帰ってくるというのは、なんだか嬉しい。そして、戦後70年の今年、戦争で亡くなった多くの人の霊魂も帰ってきたのだろうか。身近な方たちに何を語りかけたであろうか。
今年は戦後70年ということもあって、NHKは、戦争のドキュメンタリーをたくさん製作していた。全部は見ていないのだが、その中の一つ「きのこ雲の下でなにが起こっていたか」―広島への原爆投下後から3時間後に、御幸橋で撮られた2枚の写真。証言や専門家の意見を参考に、なにが起こっていたかを分析して丁寧に検証した番組だった。この写真は、原爆の被害の大きさを隠して核兵器を開発中のアメリカに没収されて、7年後にやっと公開されたものだという。幽霊のように垂れ下がった皮膚をぶら下げ、腕を前に突き出して歩いていたのは身体につくと痛いからだが、すごい熱で身体の中の水分が蒸発して皮膚がはがれたのだと知った。痛みの中では一番ではないだろうかという。どんなにか辛かっただろう。8月6日に亡くなったのは、12、13歳の勤労動員された中学生が一番多かった。生き残った当時13歳だった人は「私はどうして生きたんですかね。どうして助かったんかね。」という思いを胸に70年間生きてきた。「伝えるためかね。」少女が救援のトラックに乗り込もうとしたら、「女子どもはダメだ。」戦争に行けそうな若い男ばかりを助けて連れて行ったそうだ。利用できるものしか助けない。
これが戦争。
9月11日に芸術館小ホールで上映される「野火」。大岡昇平の原作を読んでいなかったので、読んだ。太平洋の島々の日本軍の兵士は、戦闘で亡くなった方より餓死された方のほうが多かった。これは、レイテ島での、そんな状況下での物語。せつない。
安全保障関連法案の国会答弁で、弾薬は消耗品だから武器ではないと政府。核弾頭も武器ではないと言い張るのだろうか。兵站の後方支援は戦争ではないとか、都合のいい憲法解釈のように、相変わらず言葉を空回りさせている。
安全保障関連法=戦争法に対して、高校生も大学生もママたちも、老いも若きもNO!と声を上げている。憲法の前文にある。「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることがないようにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。」
そう、主権者として政府の行為によって再び戦争が起こることがないように、今は声を上げる時。お金がないから、時間がないからなどと言わずに、8月30日14:00国会前に行こうと思う。あなたも!
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