怒れる私。 by 佐々木優子

怒れる私。

佐々木優子

 誰にでも弱点はあるものです。私は高い所がとても苦手、高所恐怖症。幼稚園の頃、滑り台から降りられなかった出来事がその記憶の始まりです。いまだに克服することができません。それどころか年を重ねるごとに症状が悪化しています。若い時分は「床下が見えないのだから問題ない」と割り切ることで、飛行機に乗ることに何の怖さも感じなかったのです。しかし、今では震えるようになってしまいました。

 そして先日、映像を見ただけで吐き気とめまいを感じたのです。それは、映画「The Walk」。実在する大道芸人フィリップ・プティの体験を再現したものです。1974年、完成間近のワールドトレードセンター(地上110階)の屋上に侵入し綱渡りを成功させたお話。ツインタワーは9.11に崩壊しているので、映像がCGだとわかっていても足がすくみ、そして、フィリップは今も現役なので絶対落ちないとわかっていても手に汗握りました。そんな思いをしてまでも鑑賞を放棄しなかったのは、本当の主旨に引き込まれたからなのです。ただ闇雲に危険な事に挑んでいるわけではないのですよ。法律、そして決まりやしがらみに縛られない生き方、ここまで自由になれたら強い。憧れます。

 話は戻りますが、私の身近な人たちにもそれぞれに弱点があります。娘はクモが苦手。だからか、それとも目が良いからか、小さなクモを見つけるのが得意で、その度にこちらがびっくりするような声をあげます。「クモは益虫だから大丈夫よ」と、そっとしておく私の側で、少しずつ慣れて欲しいと願っています。夫は闇が苦手らしく、間違ってトイレの電気を消そうものなら、中からやはり、びっくりするような声をあげます。暗いのが嫌なのでしょう。どこもかしこもつけっ放し。夜目がきき、薄暗い部屋で過ごすことを好む私の側で暮らす彼はいささか気の毒です。そして、八十代後半になる私の母は蛇が大の苦手で、話題にする事さえ忌み嫌います。

 若い娘の好き嫌いは克服できる可能性はあるかもしれませんが、私や夫、そして母などは今さら見込みはありません。そして、その必要もないと開き直っています。誰かに迷惑をかけるわけではありませんし。

 ある時、この「ああ、苦手なのね。それなら仕方ないよね。」と、相手を認めてあげられる寛大な気持ちを、私は他でも活用できれば良いのに、と気がつきました。何度言っても片づけない娘の態度、電気を消してくれない夫の態度、次から次へと物を買い、溜め込む母の態度、これらに対しても寛容になれれば楽なのにと。
なにより寄り添う気持ち、これが一番大切です。そして、更に大切なのが、私の怒りが治まらない時の解消法です。それは即座に解決するのがポイントです。根には持たない事です。

 話はそれますが、30代、事務職をしていた頃、会議中にドンドンと机を叩く上司がいました。自分の意見が通らない時にやるようです。ちなみに女性。私は会議には出ていないので噂で聞いたのですが、男性陣はその姿が恐ろしい、とぼやいていました。大の大人が、思うようにいかないからと八つ当たりするのは如何かと思いますが、どうしてだか私は、それを密かに練習するようになったのです。それはまるで幼児が外で見た悪戯を真似するような感じです。誰も見ていない時に、机を叩く練習を始めたのです。

 今思えば、私はその上司に何かしら共感を覚えていたのでしょう、感情を素直に表に出すことに。最初はトントンと、次第に力がこもってきます。そして、心に怒りがともった時に瞬時に机を叩けた時、それは四つん這いでハイハイしていた娘がすっくと立ち上がったくらいの成長と言っても過言ではありません。怒りの矛先を変えることができるようになったのです。手は痛いが爽快感あり。次に、やはりどこかで見たしぐさ、足で床を叩きつける、「ドンっ」と一発。これも効き目ありです。更には舌打ちです。これは通りすがりの人がぶつかっても知らん顔をする時にやります。気をつけないとこちらも痛い目にあうので、相手に聞こえるか聞こえない程度の感じで「チェ!」とやります。お行儀悪いです。

 舌打ちは、私がフランスをひとりで旅している時に覚えました。歩道のど真ん中、スーツケースをゴロゴロ、のろのろ歩いている時にやられました。「何!」と、癪に障りますが、確かにこちらも悪かった。そして、彼らの行儀の悪さはいたる所で見受けられ、土産を物色するように私は彼らを観察したのです。客に文句を言われて憤慨し、物にあたるカフェの店員や、チケットを求める長蛇の行列にも関わらず、サッと休憩に行ってしまう窓口の係員など。職を失ったりはしないのだろうか?しかし、楽な生き方ですよね。自由な人たちですよね。彼らの態度からは、隷属さを拒否する反骨精神さえ感じます。そして、感情を素直に出す文化の違いに感銘もしたのです。大げさな物言いですが、「革命」とは、まずはそういう所から始めても良いのかもしれませんね。そして、お互い様、と思う気持ちを忘れないようにしています。

"怒れる私。 by 佐々木優子" へのコメントを書く

お名前
ホームページアドレス
コメント