たかが一円、されど一円。 by 佐々木優子

たかが一円、されど一円。

佐々木優子

 松本は、けっこうお金が落ちている。こう言い切ると語弊が生じるかな。でもホント娘がよく見つけた。まだ小さかったから目線が地面に近かったこと、そしてよく歩いたこと。それらが相乗効果になっていたのかもしれない。ほとんどが一円、五円。小銭ばかりだが子供の前でポケットに入れるのは憚られた。それに近くに交番があったからすぐに行動に移せたのが良かった。でも、小銭を届けるとお巡りさんが本当に迷惑そうな顔をする。もちろん「届けなくていいですよ」なんてことは言ってくれない。お金に限らず、拾ったら自分の物にする癖をつけさせるわけにはいかない。こちら側の思いも察してほしい。

 それに失くした人の気持ちもよくわかる。私もたくさん失くしたから。財布を持っていなかった子供時分お金を握りしめて遊んでいた時があった。邪魔になってきて滑り台の下に埋めておいた。その姿を仲間に見られていることもわかっていた。しばらくして戻ったら無くなっていた。お腹のあたりに痛みを感じ、それは疑心が芽生えるきっかけになった。そして高校時代教室にて、カバンの中に入れておいた財布が忽然となくなっていた。不信感で体中がいっぱいになった。更に成人したての頃、東京の電車の中でハンドバックを丸ごと持って行かれた。外の景色をぼんやり見ていた隙にとられた。ものすごく悔しく反省もした。そして海外旅行中に震えるくらい恐ろしい体験をしたこともある。パリの地下鉄の車中で大きな男二人に挟まれ、カメラをむしり取られそうになった。私は必死に抵抗し、近くにいたマダムも応戦してくれて難を逃れたが。マダムが一生懸命に身振り手振りで「しまっておかなくちゃダメなのよ」と、無防備な私を叱咤した。

 それらを経験して、やっと慎重になってきたが、うっかりは直らない。やはり旅先で、ホテルに時計を忘れた事を思い出し冷や冷やしながら戻ったことがあった。夫からプレゼントされた大切なもの。部屋の掃除が済んだ後だったが、きちんと時計は置かれていた。また別の旅先で、夫と口論になってものすごくカッカして、新幹線の切符や貴重品やらが入った鞄をバスの中に置き忘れたこともあった。降車しても言い争いは続き、カバンの事は全く気がつかなかった。目の前のバスがいつになっても動かないことを不思議に思っていたら、乗客の女性が慌ててバックを持ってきてくれた。とたんに喧嘩はふっとんだ。

 「人を見たら泥棒と思え」とは必ずしも言い切れない。

 そして思い起こすと、私は旅先でうっかりすることが多い。どうしても気分が浮かれ、他の事に気を取られがちになる。そう、観光中は誰しもそうなるんじゃないの?だから松本城あたりは金が落ちているのではないかと私は分析する。

 ところで、ここ数年のうちに旅の仕方がぐんと変わった。他人と空間を共用することで宿泊料金が格段に下がる。そのおかげで長旅ができるようになった。民泊、ホステル等はオリンピックを控えてビジネスチャンスらしく、多種多様な施設が増えている。そして防犯対策においても違いは大きい。

 例えば、カプセルホテル。最近のはかなり洒落ていて清潔、女性ひとりでも気軽に入れる。エレベーターから靴入れやロッカー、そしてトイレやシャワー室に至るまで、すべてカードキーで管理されている。勿論男女別。これなら安心感を得られる。しかし、泊ってみて感じたのだが、配られた簡素な室内着を来て、首からカードキーをぶら下げ、相部屋で寝起きを共にすると、それはまるで囚人のような気持ちになってくる。お互い干渉せず挨拶もしない。ま、これはこれで嫌いではないな、ひとりを満喫できる。

 それに対し、かなり緩い宿もある。こじんまりした所に多いのだが、部屋に鍵はなく隙だらけ、トイレ、シャワーは男女共用。だから自ずと慎重になる。どこに行くにも貴重品を背負って、そして抱えて眠ることになる。そう、お互いが警戒することで自然と防犯になっているのだ。初めは緊張感を伴うが慣れてくるとこちらの方がリラックスできる。気が抜けてなんだかホッとするのだ。そして従業員や客が情報を交換している姿をしばしば目にする。私もこういう宿で旅好きの友人を得た経験がある。他人をちょっと疑いながら、そして助け合いながらひとつ屋根の下で暮らすひとときは、とても懐かしい匂いもする。

 さて、話は少し前の松本時代に戻って。小銭は神社にでも寄付するかな、と思っていた矢先、娘は千円札を拾ってきた。ボンボン祭り、踊りが終わって、観衆が帰り始めた頃だった。

 これなら迷惑がられまい、と得意げになって交番に駆け込んだ。しかしすぐ後から「一万円札拾いました」と言う声が聞こえた。見ると小さな男の子を連れた女性だ。驚きと共に、納得もした。

 「やっぱり松本はお金が落ちているのだ」

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